自己紹介頁

 斎藤 攻

所属流・会派等
現在、所属する流派・会派はありません。

住所・氏名等
愛知県在住           斎 藤 攻

略歴等
  平成9年3月に公務員(35年間勤務)を定年退職。以後定職には就かず年金暮らし。 もっぱら詩吟三昧の余生を送って居ります。

趣味・嗜好等
  「詩吟」の他に「旅」。特に詩吟に関係の深い外国(主に中国)や国内各所の史跡の探訪と国内各地に点在する「城」又は「城跡」の探索には目が無い方です。嗜好は賞味期限内の食べ物なら殆ど選り好み無く雑食性?。健康管理の為に、週3日・30分〜90分のペースで歩いており、食生活の自己管理と併せて順調に体調を維持しております。

現在の指導状況
  春日井市内において昼間の出稽古教室の指導しております。

主な練習方法
  方々の山や川や海岸や河原或いは城跡、史跡、古戦場跡等自分の気に入った景色の良い場所でコンダクターを弾きながら、自分が課題にした詩を納得いくまで吟じ込む。練習場所として選ぶ所は、詩吟や和歌・短歌・俳句それに新体詩等に関係の深い場所。気に入った場所で納得いくまで発声を繰り返し、声を鍛錬する事が私の練習方法です。体力が続く限り続けて行こうと考えております。

詩吟に対する基本的な考え方
  「詩吟は音楽の一形態である」と言うのが基本姿勢です。
従って詩吟を吟ずる場合は、詩吟を音楽の一形態として捉えて、
   
音楽の三要素
である
・旋律(メロディー)  ・音程(ハーモニー)  ・調子(リズム)

を、「バランス良く追求していく事が詩吟上達の基本である」と言うのが、私の詩吟に対する基本的な考え方です。

  勿論、漢詩の意味の正確な把握、言葉の抑揚の重大さ、発声の重要さ、等数えていけば枚挙に暇が無いくらいに色々な事が重なり合って吟詠が構成されている事は十分承知しておりますが、煎じ詰めると上記の三要素を追求する事に集約されると思っております。
                                    
   かって二十数年前、私が出場した名古屋の或る大きな大会で、東京から招待されて来ていた先生と言われる人が、自分の出番になって「詩吟は音楽じゃないから俺は伴奏はいらない、琴も尺八も帰ってもらえ」と大声で叫んでいたのを目撃した事があります。私は瞬間その人の威張り腐った傲慢さに怒りと軽蔑の念を覚え、,同時に、東京で先生として活動している人の中に、こんなとんでもない、化石の様な考えを持った吟者がいたんだと、心底、情けない気持ちになったことを今でもはっきりと覚えております。

   この様な考え方をする人は意外と多いのではないでしょうか。皆さんの周囲にもこんな人居ませんか?こういう人は、先ず
「詩吟を吟じる事、その事自体が自分の声で音楽を奏でているのである」と言う本質を知るべきだと思うのです。
   
  音楽・伴奏・コンダクター等と云うと、「そんなもん男のやるものじゃない、女々しい」等と云う考え方が昔からあったようですが、既に時代が代わっております。

   詩吟に伴奏が有ろうが無かろうが「声を出して節をつけ一定のリズムと音程で詩を吟ずる事は、即ちその吟者自身が独りでに音楽を奏でているのだ」と言う事をはっきりと認識すべきではないでしょうか。